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ep4 深焔の魔女

Author: 根上真気
last update publish date: 2026-02-05 15:51:33

  【2】

「あ、あれは!!」

人々は遠くの空を見上げた。地上から空に向かって巨大な龍神の如く立ち昇る炎注の中心には、ひとりの女が浮かんでいる。

この尋常ならざる光景は、この地に住む者たちにとって共通の、まごうことなき神聖な伝説を想起させた。

深焔しんえんの魔女さま......!!」人々は跪き、両手を握り合わせた。

やがて甚大な炎は収束する。人里離れた地上に女がふわりと降り立った。

「ぼ、ボクって、いったい......」

誰よりも彼女自身が驚愕していた。まるで強大な深紅の炎の支配者にでもなった自分自身に。とてもじゃないが信じられない。

そもそも、今のは自分自身がやったことなのだろうか。常識的に考えてありえないのだが、どういうわけか自分でやった感覚はあった。

「深焔の魔女さま。いえ、我が里の初代領主であり伝説のウィッチ・クイーンのご令嬢、レディ・インフェルドさま」

「えっ?」

彼女が振り向くと、ひとりの男が数人の者を従えて近づいて来ていた。西洋の古風な貴族風の衣装を纏った大人の男。彼は彼女の面前まで来ると、従者ともどもうやうやしく跪いた。

「その麗しき銀色の長髪。透き通るように綺麗な白い肌。美しき紅い瞳は初めて拝見しますが......間違いありません。貴女はインフェルドさま」

「インフェルド? ぼ、ボクのこと?」

思わず彼女は自分を指さして訊き返した。当然の反応だ。自分がどこの誰かもわからないのだから。

「ま、まさか......」男は目を見開く。「記憶を失われていらっしゃるのですか?」

「あっ、いや、その」

彼女は否定しかけたが、すぐにハッとして思い直す。今は自分が誰でここがどこなのかすらわからない状態。それならばいっそ記憶喪失ということにしておいた方が都合が良いのでは? 本当のことを説明したところで、むしろ話がややこしくなる可能性が高い。それは危険だと思われる。

「ご自身が何者かも、おわかりにならないということですね......」男はそう言ってから何やら考え込み始める。「魔法を扱う者には充分にあり得る事例ではある。ましてやインフェルドさまの場合は〔魔女のほこら〕での長期間に渡る影響も......」

「ボク、なにもわからなくて......」と答えながら彼女は決断した。自分は記憶喪失でいくと。

「お名前すら、ですか......」

「あ、名前は火野虎白ですけど」

「ヒ......コハク??」男が目を見張る。

「あっ」と彼女は慌てて口を塞ぐ。「いや、ななななんでもないです!」

あたふたとする。ついうっかり前世の名前を口走ってしまった。記憶喪失でいくという方針を固めた矢先の失敗。我ながら自分は馬鹿だと思った。

「申し訳ありません。もう一度お名前をお教えいただけませんか?」

男が名を尋ねてくる。彼女はひたすらオロオロする。しかしふと妙だなと思った。相手は自分のことを「インフェルドさま」と呼んできた。なのに名前を教えてくれとは、一体どういうことだろう?

「ええと......ボクの名前は、インフェルド...ですよね?」

「はい、いかにも貴女はインフェルドさまです」男は答える。「しかし、ファーストネームは伝えられていないのです」

「はあ......」

事情が霧がかっていてよく見えない。だが、この霧の中に居続けるのもいかがなものかと考える。誤魔化し半分、彼女は言ってみた。

「と、とりあえず、コハクで」

とりあえずって何だ? ボクは何を言ってるんだ? コハクは自分で自分の発言の可笑しさに愕然とする。だが、相手は予想外の反応を見せた。

「コハクさま......ですか」男は目を丸くした。「コハク・インフェルドさま。少し変わった響きですが、とても美しい響きです」

男の顔が晴れやかなものとなり、その瞳にはただならぬ感動が滲んでいた。

「アハ、アハハ......」とコハクは頭を掻いて苦笑する。いわば事情が見えないままで霧が晴れてしまった。何とも非論理的な帰結だが、終わり良ければ全て良し。とりあえず、これで突っ走ってしまおうと腹を括った。

「それでは改めまして、コハクさま」

男の顔つきが変わった。コハクはやや緊張する。

「は、はい」

「まずは現領主さまのところまで、ご一緒くださいますか。そこで記憶を失われたコハクさまへ、一通りのご説明もさせていただきます」

男に導かれて、コハクは歩き出した。落ち着いて周りを見渡してみると、陽光の下に緑豊かな草原が広がっていた。進んでいく先には人里が見える。さらにその先を見やれば、村落を囲むように美しい山林が連なっている。

「どこかの田舎なのかな......」

「ここは魔女の里〔マギアヘルム〕です」男が言った。「詳しいお話は、また後ほど......」

「まぎ......? わ、わかりました」

気になることはヒマラヤ山脈の如く山積みだったが、とりあえずコハクは相手に導かれるまま付き従っていった。

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